ヒマラヤ山脈を越えて、ニェラムの町で1泊した翌11月6日、国境の町、ザンムーに向かった。標高3,750mのニェラムから、標高2,350mのザンムーまで下るにつれ、荒涼としていた景色が潤いを帯びてきた。岩山の険しい眺めに代わって、草木の緑がやさしく目に映るようになり、ホッとする思いだった。
ザンムーの町は山肌にとりつくような格好で建物が立ち、くねくねした道沿いに、市場やレストランがひしめいていた。狭い道幅いっぱいに人や動物や物資があふれ、車はなかなか進むことができない。人影などほとんど見かけない高所から下りてきたばかりだったので、町の喧噪に飲み込まれそうな錯覚に陥った。
国境へと向かう人々の群れに、ヨーロッパ人の男女の二人連れが自転車で入ってきた。まさかと思ったが、なんと、自転車でヒマラヤ越えをしてきたという。ランドクルーザーに乗ってでさえ、ふうふういっていた私たちは、耳を疑った。雪が積もっている道路もあったというのに、いったい人間は、どんなことまでできるのか。本当にびっくりした。
国境に着くと、チベットとネパールは、ボテコシ(Bhotekoshi)川をはさんで向かい合っていた。川には「友誼橋(友好の橋)」がかかっていて、それが国境の役割をしている。ランドクルーザーに乗っていられるのは、ここまでだ。私たちは車から荷物を降ろし、友好の橋を歩いて渡らなければならなかった。
橋の長さは150mくらいだったが、大ヒマラヤ越えの荷物を持って歩くのは、かなり大変だ。でも、そこはよくしたもの。ちゃんと荷物運びの子どもたちがいて、てきぱきと荷物を受け取り、向こう岸まで運んでくれた。子どもたちはチップをかせぎ、家計を助けているのだ。私たちは橋を渡った先のネパール側の国境の町、コダリで入国手続きをした後、再びパタンを経てカトマンドゥへ。チベットの高原を縦断する1,000kmドライブの旅は、こうして終わった。
ネパール最後の11月7日は、カトマンドゥの北東約35km、標高2,100mのナガルコットの丘に登った。ヒマラヤ山脈が一望できることで有名な展望所だ。そのとおり、前方には標高6,874mのグル・カルポリ、6,799mのドルジェ・ラクパ、6,705mのギャルツェン・ピークなどがそびえ、はるか遠く、チョモランマの姿もあった。そうだ、私たちはあの、世界の最高峰のすぐ近くまで行ってきたのだ。道中さしたる困難もなく、決して若いとはいえないメンバーの全員が元気で旅ができたのは、なんという幸運だろう。私自身、もはや旅立つ前の頸椎症の手術のことなどすっかり忘れ、十も若返った気持ちで帰途についたのだった。
(完)
磯矢 健一
1931年東京生まれ。横浜国立大学建築学科卒。
97年に会社をリタイア後、チベット、ウィーン、スイス等に撮影旅行をしパソコンで写真の整理、プリント等を楽しんでいる。




