10月28日、午前9時50分発。ネパールの首都カトマンドゥから、ヒマラヤ山岳ドライブの出発地、チベット自治区の区都、ラサへ飛ぶ。素晴らしい好天気だ。航空機はヒマラヤ連山の南側を飛行。空港からは判別できなかったガウリシャンカール(7,134m)やチョーオユー(8,201m)の峰々が、ぐんぐん近づいてくる。巨大なかき氷が凍りついたような様相だ。
と、ほどなく、世界の最高峰チョモランマの三角錐の頭が現れた。ポスターや映像でよく見る姿そのままで、すぐそれとわかった。8,848m(最近の調査では8,850mとも)の頂上付近は、絶壁であるのと強風のために雪が積もらないのだという。日が当たっているはずなのに、そこだけが陰のように暗く見えた。これまで耳にしてきたチョモランマ登頂成功のニュースは、自分には無縁の快挙だったが、その頂がいま、そこにあるのだ。機内の誰もが言葉を忘れ、ひたすらカメラのシャッターを切り続けた。
約3時間の飛行の後、ラサ郊外のクンガ空港に着いた。興奮覚めやらないまま降り立った私たちは、あらためて空の青さがまったく違うことに気づいた。真っ青というだけでは足りない、いままでに見たことのない深い青さだ。クンガ空港は海抜3,600m。富士山頂とほぼ同じ高さ。今朝までいたカトマンドゥとの標高差は、2,300mもある。
一気に高地に上ったせいか、少し息苦しく、しゃべろうとしても息継ぎをしないとだめなほどだ。中国人のガイドさんに、ゆっくりゆっくり歩くように注意されていたにもかかわらず、うっかり忘れて早足になる。とたんに脈が速くなって喘いでしまい、高山病の不安が頭をよぎった。ラサでは二日間、観光しながら高度順応をすることになっていたが、その理由がよくわかった。
空港からラサ市内までは、車で約1時間の距離だ。中国とネパール(=尼泊尓)を結ぶ中尼公路を北東にとって走り、市内まであと少しという地点のネタンで、大きな磨崖仏に出くわした。チベットの大河、ヤルツァンポ川の支流、キチュ川沿いの切り立った崖の肌に仏の座像が刻まれ、鮮やかな彩色がほどこされている。ラサは、隣国インドからヒマラヤを越えて伝搬した純粋な仏教、チベット仏教の中心地だ。度肝を抜くような磨崖仏の周りにも、祈りのための白い薄絹が無数、岩肌に引っかかるように掛けられ、聖地ラサへの旅人を出迎えていた。
磯矢 健一
1931年東京生まれ。横浜国立大学建築学科卒。
97年に会社をリタイア後、チベット、ウィーン、スイス等に撮影旅行をしパソコンで写真の整理、プリント等を楽しんでいる。




