チベット高原を走破するという勇壮な旅の計画は、ここまではなかなか順調だった。が、いよいよクライマックスというところへ来て、非常に残念な情報が入った。
私たちのプランは、チョモランマ登頂を目指す人々が基点にするベースキャンプの近くの、世界で一番高地にあるロンボク僧院の宿坊に泊まって、間近にチョモランマを眺めようというものだったのだが、それができなくなった。大変な降雪のために、パン・ラからベースキャンプに入る道が不通になったのだ。天候の急な変化ばかりは前もって予測できない。全員、断腸の思いだったが、どうしようもなかった。
おかげで行程は1日縮まることになったが、帰りの航空便は決まっている。最後にカトマンズで1泊する予定だったのを、2泊にするしかない。一般のツアーと違って、すべて自分たちが段取りをつけなければならなかったが、こうした面倒なことは、チベット旅行に慣れているH君が全部引き受けてくれた。シガツェのホテルからペンション・スジャータにFAXを送ったりして、増えた1泊分の宿の手配や、1日早く迎えに来てくれるように頼むのに、どれだけ大変だったことだろう。
先の変更予定がやっと立ったところで車に乗り込んで、シェーカル(ニュー・ティンリー)へ向かった。しばらく進むと羊の群れが近づいてきて、悠々と道を横切っていく。車がどんなに近づこうが、羊たちはへっちゃらだ。彼らを率いる遊牧民も、慌てず騒がず、のんびり歩いている。私たちはただじっと、彼らが通り過ぎるのを待つしかなかった。
タルチョがはためく標高4,500mのツォー・ラを越え、ラツェの町を過ぎて、5,220mのカツォー・ラを目指す。4台のランドクルーザーが進むこの道は国道318で、このあたりは北京から5,000kmの地点だという。それを示す巨大な石造りの標識が立っていて、私たちはその前で記念写真を撮った。
カツォー・ラを越えて少し走ったところで、突然、運転手が「チョモランマ!」と叫んだ。午後2時ごろだったか、昼食後の眠気にうとうとしていた私たちがハッと目を覚ますと、前方に、頂をカンナで削ったようなチョモランマがあった。100kmくらい先だろうか、ちょうど東京から富士山を眺めるくらいの距離に、待ちこがれていた姿があった。カトマンズからラサへの機中で目にした姿にも感激したが、それとはまた違った迫力だ。ここに来て初めて、今回の旅の目的に達したという思いがした。
磯矢 健一
1931年東京生まれ。横浜国立大学建築学科卒。
97年に会社をリタイア後、チベット、ウィーン、スイス等に撮影旅行をしパソコンで写真の整理、プリント等を楽しんでいる。




