山旅 チョモランマへの道〜チベット高原1000kmドライブ〜

チョモランマと8,000m超の峰々のパノラマ

旅も終わりに近づいてきた。降雪による通行止めで、ベースキャンプまで行くことができなくなった私たちは、カツォー・ラを過ぎて本道から少し入った、シェーカルでの宿泊を2泊に延ばすことにした。ホテルとは名ばかりの、山小屋程度の設備。お世辞にも快適とはいえなかったが、もう1泊してキャンプの入り口になるパン・ラまで往復し、ヒマラヤ山脈をとくと眺めようという算段だ。大分くたびれてもいたので、ここでゆっくりするのもよかろうということでもあった。

大事な足となってくれた4台のランドクルーザーも、同じ思いではなかったろうか。じつをいうと、もともと走行距離20万kmを超えていた車たちは、ここまでの行程中、ちょくちょく故障した。日本人だったらギブアップしてJAFなんかを呼ぶところだが、現地の運転手は慣れた手つきで、ちょいちょいと直してしまう。厄介な故障が2回ほどあって心配したが、それも直してしまった。1台が止まると、後ろに続いていた車の運転手も降りてきて、助け合って作業をする。その技術は、じつに見事なものだった。

充分に休養した翌日、パン・ラに着いて、その眺めの素晴らしさに息をのんだ。約50km先にチョモランマの神々しい峰がそびえ、左右に8,000mを超えるマカルー、ローツェ、チョーオユーの白く輝く峰々のパノラマ。まさに、「世界の屋根」を望む感だ。予定変更にふさいでいた気分は、これですっかり晴れた。みな、いっせいにカメラを取り出して、カシャッ、カシャッと、しばらくは撮影タイムを楽しんだ。

気圧計(高度計)を見ると、針は5周して200m過ぎを指していた。1,000mで針が1周する仕組みなので、ここは標高5,200m余ということになる。気温は100mでコンマ約6℃違うというから、1,000mでは6℃、5,000mで30℃違うことになる。緯度的には、沖縄よりちょっと北くらいだ。沖縄の11月の平均気温が約22℃なので、このパン・ラは約マイナス8℃ということになる。しかし、日が照っているせいか、1時間半いてもそんな寒さは感じなかった。

案内板にこの辺りに棲息するらしい動物の絵が描かれていたが、種別は記していなかった。姿からすると、山羊やヒョウの仲間だろうか。足元に珍しい植物を見つけた元地学教授の友人は、接写レンズで撮影。帰国後に調べて、リンドウの仲間で、学名はGentiana Stipitataだとわかった。

翌日は、チョモランマと別れる日。ティンリーの町を経てトン・ラを越え、ヒマラヤ山脈を横断するのだ。万年雪の山々が大海原のように続く中、4台の車はひたすら走り続けた。

拡大表示パン・ラから約50km先に眺めるチョモランマの大迫力

パン・ラから約50km先に眺めるチョモランマの大迫力

拡大表示約5000万年前、ユーラシア大陸とインド亜大陸がぶつかってヒマラヤ山脈ができたときの褶曲の様子

約5000万年前、ユーラシア大陸とインド亜大陸がぶつかってヒマラヤ山脈ができたときの褶曲の様子

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磯矢 健一

1931年東京生まれ。横浜国立大学建築学科卒。

97年に会社をリタイア後、チベット、ウィーン、スイス等に撮影旅行をしパソコンで写真の整理、プリント等を楽しんでいる。

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