第7回 岳南江尾(がくなんえのお)駅

2010/09/01
  • eki_07静岡県富士市・岳南鉄道「岳南江尾(がくなんえのお)」駅   
  •  岳南鉄道は東海道線の吉原駅から富士山にむかって走る、全長9・2kmの小私鉄だ。
     一帯は製紙工業が盛んな所で、この鉄道も工場に原料や製品を輸送する目的で昭和11(1936)年に線路が設けられ、昭和28(1953)年には終着の岳南江尾駅まで伸びた。
     吉原駅に待っていた電車はどこかで見たことがあるな…と思ったら以前、井ノ頭線を走っていた京王3000形の改造車だった。
     地方私鉄を訪ねると青春時代乗った電車にまた会える楽しみがある。そんな電車でゴトゴト進むと、やがて雪を頂いた富士山が真正面に現れた。岳南鉄道の「岳」とはもちろん富士山のこと。正面の富士山がやがて左に移動していく。
     もともと工場の専用線だったので電車は製紙工場の構内のようなところも走る。スピードはせいぜい時速30kmぐらい、かつては大気汚染やヘドロ公害で有名になった富士市の製紙工業だが、今では匂いすらしない。それどころか「ここは富士の伏流水が湧くところで沿線にはきれいな湧水が多い」とワンマンの運転士さんに教えてもらった。
     数人いた乗客は途中の本吉原駅と、貨物列車の基地がある比奈駅で降り、乗っているのは運転士と僕だけ。
     吉原から揺られること21分、いきなり電車が止まって運転士が降りた。
     終点の岳南江尾駅だった。
     ここは富士山麓の平原にあるちょっとした集落。構内には何本も線路があるがレールは赤錆びていた。それでも、短いホームには色とりどりのパンジーが風に揺れていた。
     運転士は少し離れた駅舎で休憩、無人の駅舎は休憩所として使われているようだ。その駅舎は昭和20(1945)年代に流行したモダニズム風の建築。改札口の左右に部屋を設け、片流れ屋根を乗せたしゃれた駅舎だ。
     岳南江尾駅の利用は1日100人余り。住宅地でもなく、工業地帯でもなく、ましては観光地でもない。そんな駅を富士山が見下ろしている。
     ゲートボール帰りのお年寄りが構内を横断して歩いてきた。
    「昔は沼津まで伸ばすなんて話もあったようですねえ」と言った後、駅舎のベンチで居眠り。
     ここには急いでいる人は一人もいない。そう思った瞬間、頭上を700系新幹線が轟音と共に駆け抜けていった。駅をかすめるように東海道新幹線が通過しているのだ。
     やがて、その十分の一のスピードで吉原行きの電車も発車していった。

     
文・写真 杉﨑行恭(すぎざき ゆきやす)
1954年兵庫県尼崎市生まれ。フォトライター。著書『毎日が乗り物酔い』『駅旅のススメ』『駅舎再発見』など多数。