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藤田優一君の街角ワンショット

    vol.97 令和の時代に現存する明治・大正の産業文化財

    2025/11/28
      多摩川沿いには、100年以上前に造られたレンガの護岸壁が現存する。

     2025年から26年へ、1年の経過があっという間に感じるフジタです。さて、ミスモアネックス冬号、今回は多摩川沿いの甘い歴史跡についてお届け。
     JR線川崎駅西口からラゾーナ川崎を抜けて徒歩10分。大師道に架かるさいわい歩道橋を渡ると、多摩川沿いに出ます。ここは多摩川見晴らし公園になっていて、多摩川が上流から下流へ大きくカーブを描きながら流れ、隣接して船着場もあります。また、下流にはJR線や京急線の高架橋が架かり、電車の走る様子が見えたり、対岸の夜景もきれいに見える場所。その場所から少し下流に歩いた土手の斜面、河川敷へと降りる階段状のレンガがあります。これが今回ご紹介するスポット!「旧明治製糖の護岸壁の名残」です。実は砂糖を作る工場が、その昔、川崎駅の西口エリアにあったんです。
     始まりは1906年、川崎駅の西口側に川崎市最古の大工場である横濱製糖川崎工場ができたことに端を発します。その工場へ運ぶ砂糖の原料が、横浜港から艀と呼ばれる小舟によって多摩川経由で運ばれて、この護岸壁で陸揚げされ、製糖工場へと送られていたんだそう。製糖工場は1912年に明治製糖と合併。1923年の関東大震災により壊滅的打撃を受けたそうですが、そこから復興も遂げ、再び砂糖作りが行われたんだとか。
     ちなみにこの場所には当時最新の移動式クレーンが設置され、それで原料を陸に揚げていたんです。そのころは高速道路や大型トラックなどもないから、大きな荷物を運ぶのは船便がメインだったのかな。で、工場でできた砂糖は工場内に鉄道の引き込み線があり、それで川崎駅を経由して各地に送られたんだそう。当時の川崎は、原料や製品の輸送が陸上・海上ともに便利な点があって、さまざまな工場が建てられたんですよ。
     今はもちろん製糖工場はなくなり、商業施設やオフィスビル、マンションとなりましたが、このレンガはその当時の製糖工場の面影を伝えているんです。工場がある時代はやっぱり周辺は甘~いにおいがしていたのかな?

    文・写真 街角リポーター 藤田優一
    1年365日行脚(あんぎゃ)している、はぁ〜いフジタでェ〜す!!地元神奈川のことならなんでもお任せ!明るく元気なのが一番の取り柄です。街で見かけたら是非声をかけてくださいね〜♪